《私はこれまで、仏像はきらい、と いってきた》。佐多稲子はエッセイ 「女人尚野寵生寺」の岡頭でこのよ うに書いている。
まだ10代の頃、堀脹雄の援助を受 けてフラ ンス文喉に興味をもちながらも、プ ロレタリア作家の道を歩んだ佐多に は、たしかに仏像は不釣り合いかも しれない。
そんな佐多の袖をそっとひくよう にして大和路への心をゆすってくれ たのは、大阪の友人であった。
「いつか、大和路を、ぽくぽく歩きまし よ」という友達の今画集に加えて、佐 多は法降が、中桝離、牌招提寺など をまわった。
その2~3年後、今度 は佐多の発案で奈良、京都の旅を思い立った。 その旅の始めが室生寺であった。